東京地方裁判所 昭和27年(ワ)5569号 判決
原告 唐川計一
被告 佐々木つや子
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、東京都豊島区巣鴨六丁目千三百九番地の三宅地八十八坪四合二勺の内、通路から向つて左側間口四間三尺奥行八間の三十六坪(以下本件宅地という)上にある、未完成の建物一棟建坪九坪(以下本件建物という)を収去して、右宅地三十六坪を明渡し、且つ昭和二十七年六月二十五日から右宅地明渡ずみに至る迄、一カ月三百六十円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、
訴外坂上ハルは訴外小林菊二から、その所有にかかる請求の趣旨第一項掲記の宅地八十八坪四合二勺を賃借していたところ、小林菊二は昭和二十三年四月六日財産税の物納としてこれを大蔵省に譲渡したが、大蔵省は遠からず賃借人である坂上ハルにこれを払下げる予定となつている。原告は昭和二十七年二月十五日、同人からその本件宅地に存する存続期間同年同月同日から満三十カ年賃料停止統制額による、その支払は満一カ年分を前納すること目的は建物所有という定めの賃借権を代金三万六千円で譲受け、即日その支払を完了し、同時に同人から右宅地の引渡をうけこれに対する占有権を取得した(当時この宅地の南側は竹垣、西側は生垣、北側は板塀で囲われていたので、その東側坂上ハルの占有地域との境は数個の漬物石大の石を並べて境界とした)。然るに被告は何等原告に対抗し得る権原が無いのに、同年六月二十五日から本件宅地の占有及び本件建物の建築を始めたので、原告は同年七月十日被告に対し占有移転及び建物建築禁止の仮処分命令の執行をしたが、被告は既にその地上に右建物一棟の建築を完了し、原告のこれに対する占有を侵奪することに因り、原告に対し一カ月三百六十円の停止統制額の賃料相当の損害を蒙らしめつつある。よつて原告は本件宅地に対する占有訴権に基き被告に対し本件建物の収去宅地の明渡及び昭和二十七年六月二十五日からその明渡ずみに至る迄、右賃料の割合による損害金の支払を求める為本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、原告主張の事実中、原告が昭和二十七年二月十五日坂上ハルから本件宅地に対する原告主張の賃借権の譲渡をうけ、その代金の支払を完了し、その引渡をうけたことは知らない。被告の本件宅地の占有が何等の権原に基かないものであつて、原告に損害を蒙らしめつつあることはこれを否認する。その他の原告主張の事実は全部これを認めると述べた。<立証省略>
三、理由
坂上ハルが小林菊二から、その所有にかかる本件宅地を含む東京都豊島区巣鴨六丁目千三百九番地の三宅地八十八坪四合二勺を賃借していたところ、その所有権が昭和二十三年四月六日大蔵省に移転し、大蔵省が賃借人である坂上ハルにこれを払下げる予定になつていることは、当事者間に争ないところである。
原告は昭和二十七年二月十五日、坂上ハルから本件宅地の引渡をうけ、これに対する占有権を取得したと主張するから、先ずこの点につき判断する。証人飯島豊の証言及びその証言によつて真正に成立したと認める甲第一号証の記載、証人坂上ハル(第一回)同梅津辰雄の各証言及び原告本人訊問の結果並びに本件宅地検証の結果を綜合すると、原告は昭和二十五年頃から昭和二十七年二月頃迄に坂上ハルに対し約二十万円を貸付けていたが、同年二月十五日弁護士飯島豊立会の上、同人から本件宅地に対する存続期間は同日から満三十カ年、賃料は停止統制額によるべく、これを一カ年毎に前納するという定めの賃借権を、代金三万六千円で譲受け(文字は譲受であるが、坂上ハルは他日所有権を取得することを予想し、原告の為に新たに賃借権を設定したと認めるのが相当である)、その旨の契約書を作成取交わし、同人から本件宅地の東北側、即ち同人の居住する家屋の敷地と接する側には、拳大の四個の石を埋め(その内一個はその後同人が物置建増をする際取除き、他の三個は現存するが、それが境界として表示すべき線は本件宅地の奥行約八間の長さであり、地上面の露出部分は三糎に満たず、その側らにはそれより遥かに大きな飛石が不規則に数個並んでいる)、その他の三方は竹垣、生垣及び板塀があつたので、それを利用することとしてその引渡をうけた。然し原告はその地域が自己の占有に帰した旨を表示する建札、或は縄張等の方法を以て、それを公示するような方法はとらず、又その頃巣鴨二丁目に住んでいて、自ら本件宅地を見廻りに来るような事がなかつたので、後段認定のような被告の占有の開始に、抗議を申込む機会がなかつた。当時本件宅地は焼跡であつて、低い潅木が雑然と生茂り、恰も右竹垣、生垣、板塀を以て囲われた坂上ハルの建物敷地内の庭の一部のような観を呈しており、同人が特に指摘でもしない限り、埋められた三個の石を識別することは困難であつた。原告が引渡を受けた本件宅地につき、特に右のような公示方法をとらなかつたのは、坂上ハルがその隣地の家屋に居住しているからその必要もないと考えた為であることが推認せられる。
原告は右のように四個の石を埋め、坂上ハルから飯島豊弁護士立会の上口頭で引渡をうけたことを以て、必要にして充分なる占有の引渡ありと主張するのであるが、以上認定のような客観的事実(外形的には四個の石の埋没以外には何等の変化もない)に於ては、かような事実のみを以ては、原告が本件宅地につき直接占有を取得したとはいい得ないのであつて、たかだか原告は坂上ハルをして原告の為にこれを代理占有せしめることにより、本件宅地につき間接占有を取得したものと認めるを相当とする。
次に被告が昭和二十七年六月二十五日、本件宅地の占有及び本件建物の建築を始め、その後それを完成したことは被告の自白したところである。そこでそれが原告の本件宅地に対する占有の侵奪になるか否かにつき判断する。その成立に争のない甲第一号証、乙第二、第三号証の各記載、証人梅津辰雄、同池田清之助、同横山昇、同坂上ハル(第一回但し後記採用しない部分を除く)の各証言、被告本人訊問の結果及びその結果により真正に成立したと認める乙第一号証の記載を綜合すれば、坂上ハルは昭和二十七年三月三十一日、被告から五万円を弁済期同年四月という定めで借受け、同年六月六日元金に二万円を支払つたが、その余の支払ができなかつたので、被告に対し「本件宅地を使わせるから、貸金残額を免除してくれ」と申出で、同年同月八日被告に対し、本件宅地中三十坪の使用を承諾する旨の承諾書を差入れた。被告は同年同月十三日頃、同人と共に大蔵省にゆき財務局長にあつて「本件宅地は坂上ハルが払下を受ける予定になつているから、これに使用権を取得した自分に払下げられたい」と交渉した。同人は本件宅地の賃借権を、既に原告に譲渡したことを被告に秘していたので、梅津辰雄と共に被告方に到り、「どの位の大きさの家を建てるか」と聞くと、被告は「約九坪の家屋を建てる予定だ」といつた。同人は同月十八日頃、被告が本件宅地中三十坪の整地を始めたので、池田清之助に依頼し、被告に中止方を申込んだが、被告はそれに応じなかつた。そこで翌十九日、被告に対し「この土地に建物を建ててくれるな。建てるなら二万円出してくれ」と申込んだ。被告はこれを承諾し、同人は即日、池田清之助、横山昇を立会人として、被告に対し本件宅地中三十坪の使用権を代金五万円(裏の小屋を代金千五百円で売り合計五万千五百円)で与えることとし、その旨の念書及び「被告が右三十坪を使用することを承諾する。家屋の建築につき大蔵省管財課等から故障の申出があつた場合には、自分が責任を以て解決する。五万円は受領した。本件宅地内に居住する上田ハマの移転については責任をもつ、住居(本件建物をさす)については被告に於て責任を持たれたい」旨の承諾書を差入れ、同時に代金の内三万円は、同人の被告に対する前記貸金残額三万円と相殺する旨の合意が成立し、被告は同人に対し、二万三千五百円を、同年同月二十日迄に支払うことを約し、若し不履行の場合は解約せられても苦情は云わない旨の念書を差入れ、翌二十日同人方に右代金を支払に行くと、同人はその所在を明にせず、その後もこれを受取ろうとしなかつた。
同人は曾て被告に原告が本件宅地を占有しているとか、それに賃借権をもつている等というようなことはいつたことはなく、又梅津辰雄が同年同月十九日同人に対し「被告が明日からこの土地に建前をするから、あなたのガスや水道を使わせてくれ」と頼むと、同人は「自分も手伝う」といつた。そして本件建物は同年七月上旬完成したことが認められる。以上の認定に反する部分の証人坂上ハル(第一、二回)の各証言は当裁判所の措信しないところであり、他にこれを左右するに足りる証拠資料はない。そうして坂上ハルが被告にあて昭和二十七年六月八日附承諾書、同年同月十九日附念書及び承諾書を差入れて、被告の為に代金五万円で本件宅地中、三十坪に使用権を与え、被告が同年同月十八日頃から本件宅地の整地及び本件建物の建前を始め、同年七月上旬これを完成するにつき何等異議を挾まず、しかもこの間曾て同人が原告の為にこれを代理占有していることを告げたことがなかつた事実から見れば、同人はその頃おそくとも同年同月十九日、被告に対し、本件宅地中三十坪の占有の引渡を暗黙に承認したものということができる。換言すれば、原告の本件宅地の代理占有者たる坂上ハルは、原告の為にこれを占有することを止め、被告に任意にその占有を引渡したと認めるのを相当とする(原告が本件宅地につき直接占有を取得したとは謂い得ないことは前段説示の通りである)。かように見ると、被告が原告から本件宅地の占有を侵奪したとは謂い得ないことは自ら明であるから、その返還及び損害賠償を求める原告の本訴請求は全部失当であると謂わなければならない。よつて原告の本訴請求を棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条本文第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 鉅鹿義明)